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2010年3月2日火曜日

RIOの歴史②


朝からクルポンズの新しい展開に向けての打ち合わせがあり、
そして昼から職場に戻ってちびっとしかない脳みそを酷使し、
コタポンを迎えに行ってRIOのリハーサルへというハードな一日だった。
帰りが遅くならないよう、リハを早めに終わらせてもらったので助かった。
寝てしまったら絶対起きないコタポン25キロを担いで帰るのは
あまりにもヘヴィー・・・・。

ヘヴィーと言えば。

アマチュア時代、各地のライヴハウスをワゴン(ハイエース)
でツアーしていたような時代があった。
今となってはいい思い出だけど、野郎4人が交代で運転して
一同ろくに寝ないで演奏していたような気がする。

深夜の高速のサービスエリアでコーヒー飲んだりしてると
嬉しいような悲しいような気分になったもんだ。

すでに某インディーズレーベルに所属していたので
東京に行くとそこの事務所っつーか倉庫に寝泊りしていた。
スチール机の下で寝ていた気がする。
食事はどうしていたのだろう・・・・ぜんぜん憶えていないが
とにかくガリガリに痩せていた。40キロも無くてやばかった。

あ、たしか「富士蕎麦」が近くにあって、
月見蕎麦に葱を山ほど入れて食べてたかも。一日一食。金ないから。
卵と葱食ってりゃ死にはしないと思うんだよね、今でも好きだし。
おなじレーベルに所属していた大阪のバンドは
車に炊飯器を積んでツアーしていて、やっぱ関西人はスゲーなと思ったが
うちはまだ余裕のあるほうだったのかもしれない。
イベントがらみの告知で、なつかしの
「いかすバンド天国」に出たりしたのもこの頃だな。

東京が大嫌いだった。
メジャーデビューしてからも、かたくなに上京を拒んだ。

・・・・アホだ。

「されど東京タワー」っていう未発表曲があって
それを今日のリハでやってみた。
・・・・なんか良かった。

今じゃ東京大好きだけどさ。

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